日本の家づくりと住まい方vol4

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 私は日本人の家は“環境共棲住宅”であり、また、“感性の住宅”でもあったと思います。
 戦争に負け、欧米の文化に席巻されるまでは、日本は世界に冠たる環境大国でした。高温多湿の夏と低温乾燥の冬を併せ持つこの国では、開口部を大きく取って夏の通気をよくしたり、障子と雨戸の二重遮熱と木材による蓄熱作用による冬対策。島国で平和が長く続いたせいもあり、ヨーロッパのような閉じる家作りではなく、外に開き自然をうまく生かした家作り。軒や庇の出も夏至や冬至の太陽の高さから考え出されたもの。自宅内には耕作地があり人糞や残飯などは土に返して作物を作る循環型の生活。自然に逆らわず、自然にうまく溶け込んだ家作り。つまり環境と共棲する家作りです。
また、日本人は“八百万の神”を信じてきました。太陽や海、空や雲、山にも木にも土や石ころにさえ霊感を感じる民族です。そう、日本人は感性の民族なんですね。これは“日本人の暮らしの知恵”として家作りにも大いに活かされてます。例えば“風鈴”。鈴の音を聞いて風の存在を知り聴覚で涼しいと感じる。また、格子戸や障子なども感性の道具です。これらは光をそのまま入れるのでなく“ちょっとした影”を作ります。この“ちょっとした影”は光の存在をより際立たせ、光のありがたさと影の落ち着きを演出してくれるのです。また、極めつけは“借景”という言葉。隣の庭や町並みの景色などを自分の家から見えるように開口部を開け、自分の家の庭の一部のように取り込んでしまうのです。そのことを景色を借りる、つまり“借景”というなんとも粋な言葉で表現しています。まさに言葉の感性全開といった感じがしませんか?

播磨のくらし“しそう杉の家”のヤマヒロ:三渡

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日本の家づくりと住まい方vol3

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 日本の国は明治維新まで68州に分けられておりましたが、南北に2000kmの国土ですのでそれぞれの州(くに)の気候は大きく違います。そして同じ日本ではありますが、今のようにTVやラジオがあったわけでもなく交通も発達していなかったので、方言や風土風俗に大きな違いがありました。その違いをお国柄と言っていたようです。
 家づくりもこの気候やお国柄によってそれぞれ特徴があり、各地域にいわゆる“地域住宅”と言えるものがありました。例えば、九州の筑後?肥後あたりには棟が平行に建ち並ぶ『クド造り』、信濃には妻入りで大きな切妻屋根の『本棟造り』、出羽には厩の先に玄関がある『中門造り』、美濃の豪雪地帯には屋根裏で養蚕もできる『合掌造り』などが有名ですね。
 豪雪地帯や暴風地帯のように気候の特徴が極端な地域の住宅はその特徴が分かりやすいのですが、以外に風土風俗やその地域の歴史や宗教など、つまりお国柄によっても家づくりの特徴は大きく違ったようです。
 戦後、鉄の家やパネルの家、また、南欧やカントリーなどさまざまな洋風住宅を、大手ハウスメーカーがそれぞれの地域の気候風土などおかまいなしに建てたため、全国どの地域も地域住宅どころか、どこの国の家なのかすらわからないような街並みが広がってます。
 ヨーロッパ旅行に行って帰ってきたとき、日本の街並みを見て自分の国に誇りを持てるのか?海外渡航が増える昨今、そんなことを思う人が増えてきました。
どうやら、これからの家作りに“地域住宅”というキーワードは欠かせなくなりそうです。・・・次号につづく。

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日本の家づくりと住まい方vol2

槙野さんち123
戦後、『日本の家づくり』は大きく変わってきました。
まず焼け野原になった日本の国土に雨露をしのぎ、人間として最低限の住まいを手に入れるため、『住宅のローコスト化』と建築期間のスピード化がなされました。
そしてGHQの政策による日本文化の改造が影響を及ぼしました。戦後の復興が進み豊かになった‘70年代。大手ハウスメーカーによって『住宅デザインは欧米化』していきます。
‘80年代、かつて三種の神器と言われた『冷蔵庫、テレビ、マイカー』が国民にいきわたり生活はますます豊かになります。住宅でも大手ハウスメーカーが牽引役となり、システムキッチンやシステムバスといった『設備による差別化』が進みます。
そんな中、阪神淡路大震災を経験した‘90年代、大震災でむき出しになったハリボテ住宅の安心安全といった問題がクローズアップされました。それは耐震性能にとどまらず、アスベストによる健康被害や、グラスウール断熱による耐久性への疑いにまで及び、どのメーカーも、『安心安全な家づくり』を最大の売りとしました。
そして‘00年代に入り、温暖化が問題視され、『住宅の環境への取り組み』が大きな差別化となりました。“長期優良住宅”、“近くの山の木の家”など、ヤマヒロの取り組みもやっと評価される時代です。
そして‘10年代の住宅づくりにおける差別化はいったい何になるのでしょうか?
私は『地域住宅』なんじゃないかと思います。その理由は・・・次号につづく。

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日本の家づくりと住まい方vol1

日本の日本の家は昔から『木造軸組み工法』で造られてきました。それはなぜなんでしょうか?
日本の夏は昔から『高温多湿』です。気温ならばハワイの方が高いのですが、60%を当たり前に超える湿度が体感温度を上げ、ハワイに比べると過ごしにくいのが日本の夏です。
また一方で冬はと言えば、平気でマイナスにもなってしまう『低温乾燥』。
このように、日本の夏と冬の差は大きく、どちらにも対応できる住まいをつくるにはかなり高度な知恵が求められてきました。
ヨーロッパでは、自然から身を守るために『閉じる住宅文化』が発達したようです。石で作った壁に小さな窓。寒さや外敵から身を守ることはできますが風通しは悪く光も入りにく。石の壁で構造的な強度を出していた(つまり面で支えた)ために大きな窓を作ることが出来なかったんですね。
それにくらべて日本では、自然と共棲することが基本の『開く住宅文化』が発達しました。日本の建物では開口部(まど)が非常に大きく作られました。これによって家の中に風や光が十分に入ります。木の柱や梁を高度な技術で組み合わせて、構造的な強度を出した(つまり線で支えた)から実現した住宅です。
さらに木材は瞬間強度が強く、しなやかであるため、石に比べるとはるかに地震に強く、地震国である日本では最適な建材だったんですね。
日本の家が木造軸組み工法でつくられてきたのにはこのような理由があったんですね。

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